地域猫の発案者であり 『地域猫のすすめ ~ノラ猫と上手につきあう方法』(文芸社・2005年)の著者である横浜市神奈川福祉保健センターの黒澤泰様に、地域猫の現状について教えて頂きましょう。
「真の地域猫」を目指して!
横浜市神奈川福祉保健センター
黒澤泰
今から10年前、横浜市磯子区で新しい分類の猫として定義づけられ誕生した「地域猫」は、心地よい言葉の響きによって急速に広まり、今では日常会話にまで使われるようになっています。
しかし、その内容は当初の考えと若干違う解釈で捉えられており、言葉だけが独り歩きしている感があります。エサやりという批判をかわす手段として正当性を主張する目的で利用する人、自分では世話できないから住民に押し付けている人が多く存在しています。
単にエサだけを与える、手術のみしている、周辺地域住民の理解を得ていないものは、猫好きの自己満足、地域への押し付けと言われてもしかたがないのです。明らかに「地域猫」とは呼べない中途半端なものです。「勝手な解釈の地域猫」の広がりによって大きな誤解が生じ、「真の地域猫」を目指している人達への風当たりも強く、数々の事業や活動の推進にも影響が出ています。
●私が思う「地域猫」の考え方
我々人間は、快適に生活できることを望んで住みやすい環境を整備し、大変便利な都市を作り続けています。しかし、町中に存在しているネコは習性や生理も昔から何も変わらず生活し続けているために、フンの存在や強烈な尿臭、旺盛な繁殖等で、今では人間との間に摩擦が生じています。
そのような存在のネコを排除して解決するのではなく、人間の生活環境を考慮し、地域の中で妥協点を探しながら共存していくという考え方から生まれたのが「地域猫」なのです。
犬は人間にとって恐ろしい狂犬病の発生を予防するために狂犬病予防法で飼い主の飼育管理、行政の対応等が明確に示されていますが、ネコには明確な法規制がないために飼い主も行政も極めて曖昧に対応しているのが現状です。ただし、ネズミ捕りとして放して飼う歴史を持つネコを直ちに犬と同じく法で規制管理するのはかなり強引な手法と考えます。
現在は、昔と違って交通量も増加し、外でネコを飼うことは極めて危険な状態に変わってきました。実際に車にはねられて死亡しているネコの数は、安楽死処分している数よりはるかに多いのです。これからネコを飼育しようとする人は、完全屋内飼育をするべきです。
それでは今、外で暮らしている飼い主のいないネコはどうすれば良いのでしょうか。今すぐにみんな屋内で飼育できれば良いのですが、慣れない環境に対応出来ず、人もネコもストレスで参ってしまい、かえって不憫な生活になってしまうことでしょう。時間をかけて外のネコを人に慣れさせることから始めて、最終的に屋内へ誘導していくことが理想的だと思います。その為の一つの方法が「地域猫」なのです。
「外でエサを与えることを認めるのか」「時間が掛かり過ぎる。すぐに解決させろ」「外暮らしは危険なのに勧めるのか」「誰がお金を出してまで世話するのか」「理想論にすぎない」等の指摘を頂きますが、現在何もノラ猫対策が無いのならば、「地域猫」の考え方を実践してみる価値はあるのではないでしょうか。
●行政の視点、ネコ愛護住民の視点
勝手な解釈の「地域猫」が現れた原因を考えてみると、「地域猫」を始める時のその人の立場や思い入れの程度などによってかなり考え方に差があるように見えます。この辺で解釈の間違いが生じています。
「地域猫」を行政サイドの視点で考えると、住民が快適な生活を維持できるようにエリアや地域のルールを決める等して生活環境を保全し、ノラ猫のトラブルを無くしていくための一つの方法と捉えます。ところが、ネコ愛護住民サイドの視点では、飼い主がいないためにエサや寝る場所に不自由して可哀想だから何とかしてあげたいとの思いから世話を始めるわけで、これは人間の本能なのですが、世話をしていない人にまでも「可哀想なノラ猫のため」という自分の思いを押し付けようとするから反感をかってしまいます。それでも強引に進めていく一部の人達の存在が、間違った方向へ行ってしまう原因の一つです。地域の中には、ネコの嫌いな人や迷惑と思っている人等いろいろな思いの人が生活しています。ここで周りを見る余裕を持って、迷惑を受けている人や嫌いな人と妥協点を話し合い、周辺住民の理解を得た上でノラ猫を迷惑にならない飼い方で管理し、トラブルの発生を予防しながら共存していけば良いのです。
●実施した地域は効果大
行政もネコ愛護住民も導入の視点、すなわち住民のため、ノラ猫のためという違いはあっても、ノラ猫とのトラブルを無くして共存させるという目的は同じです。両者の思惑が一致して初めて「真の地域猫」になると考えます。当初はなかなか踏み切ることが大変ですが、実施してみるとネコの数が増えず、行動範囲が狭まり、フンやエサの管理がしっかり出来れば、三年後には必ず成果が表れ、ネコの被害で困っている人も納得できる結果が待っています。
もう一つある大きな効果は、地域住民同士でよく話し合うことから生まれるコミュニケーションに役立つことです。ノラ猫のことばかりではなく、防犯、防災、環境美化、高齢者福祉、子供教育等の地域の活性化、地域力の掘り起こしにつながっていくのです。これは立派な町づくりへ発展していきます。
●最も平和的な解決方法の一つ
勝手な解釈の「地域猫」が横行していることで、かなり誤解されてしまいました。単なるノラ猫のことを「地域猫」と呼ぶ活動ではなく、不妊去勢手術を実施し、エサの管理を徹底し、フン清掃だけでなく周辺美化にも配慮して住民の理解を得ながらノラ猫をレベルアップし、最終的に屋内飼育で飼いネコにしていくための過渡的対策なのです。
今後は「真の地域猫」をより多くの人に広めること、知ってもらうことが課題だと痛感しています。私も「地域猫」を世に送り出した人間として、勝手な解釈の間違った「地域猫」の広がりには責任を感じます。時間が許す限りどこへでも出かけて行き、より多くの人達に理解を求めたいと考えます。
地域住民も、今いるノラ猫も快適に共存できる平和的解決方法の一つである「真の地域猫」の考え方にご理解頂きたいと思います。
出典:動物法ニュースNo.21
【動物法ニュースの紹介】
行政の殺処分をゼロにし、今生きる動物たちの命をどう守っていくか、行政、愛護団体、活動される人たち、一般の人達を含めて知恵を出し合い、努力することが必要です。動物法ニュースは、①捨て猫、捨て犬等の生命の保護、②遺失動物の遺失物法による扱いと遺失者の保護、③動物愛護センターの運用の改善、④動物の飼養と住居の退去要求問題、⑤動物愛護活動と寄付金詐欺、⑥外来生物法、⑦自然動物の保護、環境保全、⑧セラピードッグ、などに問題意識を持って取り組んでいきたいと思っています。また、動物をめぐる裁判例、ネット情報なども積極的に発信していきたいと思います。 (編集後記より抜粋)
【連絡先】 植田勝博法律事務所内 日本セラピードッグネットワーク事務局:
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